「自分自身の行動さえ、自分のステレオタイプによって影響を受ける場合があること、ステレオタイプの活性化が、そのときの心の状態やその瞬間に自分をどうとらえているかに左右されうることがわかる。」
(「予想どおりに不合理」ダン・アリエリー著)

先週の日曜日に都内で開催された「気の講座」に参加しました。
そこで私は次のような体験をしました。
まず、私は普通に立っています。その状態で、相手から肩を押されると後ろに倒れます。
しかし、気を出した状態で立っていると、相手から肩を押されても倒れなくなりました。

また、私が普通に右手を上げた状態で立ちます。その右手に相手がぶらさがろうとすると、すぐに私の右手は下に下ろされました。
しかし、気を出した状態で右手を上げると、相手がぶらさがろうとしても、私の右手を下に下ろすことができませんでした。

冒頭の文章で
「自分自身の行動さえ、自分のステレオタイプによって影響を受ける場合があること、ステレオタイプの活性化が、そのときの心の状態やその瞬間に自分をどうとらえているかに左右されうることがわかる。」
と書いてありますが、これは次のようなことです。

例えば一般的に「南国の人は明るくておおらかである」という先入観や観念があります。このような先入観や観念のことをステレオタイプと言います。

そのため、南国の人と接すると人は
「きっとこの人は明るくておおらかな人なんだろうな」
と考えます。

そして、その人が南国の人に向かって
「南国の人は明るくておおらかですよね」
と伝えたとします。

その瞬間に南国の人は自分が「一般的観念として明るくおおらかだと思われている南国の人」であることを意識します。

するとその南国の人は普段はおとなしくて人見知りであっても、明るくおおらかな人の特徴を示すようになる傾向がある、ということです。

つまり「自分自身の行動さえ、自分のステレオタイプによって影響を受ける場合がある」ということです。

先に述べた私が参加した「気の講座」では先生が気を出していると倒れない状態の実演を私に見せてくれました。

その瞬間に私の心身には
「気を出していると人は倒れないものである」
という観念が刷り込まれたのかもしれません。

だから、その後で実習を行った私自身も肩を押されても、ぶら下がられても倒れなかったのかもしれません。

しかし、その時に私自身が相手から肩を押されても、ぶら下がられても倒れなかったのは事実です。
その瞬間に私は次のことを強く感じました。

「人の行動は観念で規定されて、その結果が事象として現れる」

私はよくアガリ症の方からの相談を受けますが、元々極度のアガリ症だった私が今は数百人の前で話してもアガリません。

今の私からアガリ症だった以前の私を思い起こして、アガる人とアガらない人とはいったい何が違うのかがはっきりと分かります。

それは自分に対する観念です。

自分に対する観念で、自分の行動が規定され、その結果が事象として現れます。
このことは仕事や人生全般についても当てはまります。
つまり、
「オレは不幸だ」という観念を持ち続ける人は、事象としてそうなります。
「オレはダメだ」という観念を持ち続ける人は、事象としてそうなります。
「俺にはできる」という観念を持ち続ける人は、事象としてそうなります。
「俺はツイている」という観念を持ち続ける人は、事象としてそうなります。

抽象的に聞こえるかもしれませんが、
何であれ自分が「そのこと」をどうとらえているのかが、
現象として現れる、ということです。

世界はあなたが見るようにある。


(基調講演講師で人気・酒井とし夫)


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